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書籍・雑誌

2008年10月14日 (火)

工藤美代子、それにつけても今朝の骨肉、筑摩書房、2006年

  工藤は1950年生まれ、兄の茂雄は1946年生まれ。兄は1949年に日本脳炎を患い、半身麻痺、知的障害、視覚障害となった。この本は、障害の兄をめぐる家族の物語ではなく、そんな離婚した父と、その父との軋轢を持ちながら支え合う家族の物語である。障害の兄について、多く語られていない。日本脳炎という病気は、昭和40年前後に子ども時代を過ごした自分にとって、聞き覚えのある言葉(病気)である。詳しくは知らなかったが、「脳」という言葉に恐い病気と思った記憶がある。施設入所、帰宅して家で世話をする家族、家を離れた父が送ってくる雑誌を破って気持ちを紛らわす障害の兄。父は、障害のある男児に代わり男児で生まれてくることを期待していて、美代子が生まれた。そこに父と美代子の軋轢の発端があった。この本にあって、障害の兄は部分にすぎないが、中心でないだけに、兄が登場する場面における障害の記述が私には重く伝わってくる。美代子が小学校時代、「私は子供ながら疲れはてた」p26。障害の兄の存在が、家族、そして妹美代子にのしかかっている。

2008年9月20日 (土)

結核と文学、及び記録

高三啓輔「サナトリウム残影」日本評論社、2004より
「とらわれの人々」ジョセフ・ケッセル、ダボス療養所
「療養所物語」相羽政雄、私家版、22才で南湖院に
「道化の華」「虚構の春」太宰治、中村恵風園療養所を描く
「春は馬車に乗って」「花園の思想」横光利一、最初の妻キミの長い療養所生活と死
「由比浜随遊私記」山岡謙介、鎌倉文化研究会「鎌倉」第13号、鎌倉海浜院の滞在記録「痴人の愛」谷崎潤一郎、ナオミと穣治が海浜院ホテルに泊まろうとする
「平凡人の手紙」「死とその前後」有島武郎、妻安子が杏雲堂療養所で療養、大正5年亡
「松虫」有島安子、杏雲堂療養所で療養、大正5年亡
「中浜東一郎日記」明治25年11月29日、転地療養
「不如帰」徳富蘆花
「居残り佐平次」古典落語、品川で療養
「幕末太陽伝」映画、佐平次、高杉晋作共に結核
「明治天皇紀」明治9年8月、転地、浴場療養
「百年目の梶井基次郎」菊田均、病気の祖母の口からアメ

2008年8月22日 (金)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介9

Jp9 NATI DUE VOLTE  二度生まれる(邦訳題名:明日、生まれ変わる)

誕生の時、鉗子による脳の傷と酸素欠乏で脳性麻痺となったパオロ、デパートに出かけると父親フリジェリオは彼に寄り添ってエスカレーターに乗り、街の中では距離をおいて離れて歩く。生まれた時の医師・同僚・祖父母の言葉、就学時の校長との交渉・病院での訓練とカウンセリング、その時々の自分の感情を短い格言のような表現でつないでいく。美術学校教授の自分の人生、三〇年の家庭生活の中で、障害の息子からの逃避・絶望があった。しかし、パオロを神との仲介者と感じるようになり、助けを彼に求めるようになる。壁に寄りかかって歩いているパオロの姿を見ながら、パオロがいない人生を想像する。しかし「考えることはできない」、「この人生をあきらめることは決してできない」と結ぶ。苦悩から受容へ、自身の再生の物語である。

この物語における「文学にみる障害者像」は以下
http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/asitaumare.htm

写真の本は初版ではなく、軽装版と思われます。映画「家の鍵」の中に出てくる「NATI DUE VOLTE」は、もっと大きく、白い表紙の本であった。軽装版の表紙が、なぜ自転車であり、前輪内の風景が傾いているのか。内容と関連した絵なのか、どうか。そのようには思えないのだが、他の作品は、表紙と内容が対応しているように思えるので、「謎」です。

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介8

Jp8 L'ISOLA VOLANTE   ボランチ島

Da uno dei massimi scrittori contemporanei una raccolta di "appunti di viaggio",brevi saggi,divagazioni e perlustrazioni nell'universo della grande letteratura,da Omero al Novecento.

2008年8月21日 (木)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介7

Jp7 I CONTEMPORANEI DEL FUTURO 未来に続く現代
Dalla navigazione degli Argonauti alla stufa di Cartesio,dagli amori di Ovidio ai pirati di Defoe,un modo estroso e vitale di avvicinarsi alla lettura dei grandi autori del passato.

2008年8月17日 (日)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介6

Jp6_2 VITE DI UOMINI NON ILLUSTRI  人の命を輝かせるもの
18人の伝記
Diciotto biografie immaginate di altrettanti personaggi.
Esistenze oscure di uomini e donne comuni ma,come tutte,segnate da pathos e violenza,grandezza e meschinita.

2008年8月16日 (土)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介5

Jp5

Il giocatore invisibile     目に見えないプレーヤー

Dalle pagine di una rivista un anonimo lettore attacca un illustre professore all'apice della carriera. Chi e l'inafferrabile avversario?E qual e il segreto del suo astio?

2008年8月15日 (金)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介4

Jp4 Il raggio d'ombra.     日陰の半径
Un evaso politico si rifugia presso alcuni compagni clandestini;ma ricambia l'aiuto con il tradimento,e li fa arrestare. Tra suspense e ironia,un romanzo imprevedibile basato su un fatto accaduto nel 1927.

2008年8月11日 (月)

ジュゼッペ・ポンティッジャの作品紹介1

ジュゼッペ・ポンティッジャ著「家の鍵 ―明日、生まれ変わる」について、以下に紹介した。
http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/asitaumare.htm
「明日、生まれ変わる」以外に何も読まず、情報がない中で論じた。

その後、著者の、他の作品情報を得たので紹介する。

LA GRANDE SERA「大きな部屋」

2008年7月16日 (水)

米谷ふみ子,障害の息子とアメリカで暮らす

米谷ふみ子
□ 遠来の客  1985 新潮社  強度行動障害
アメリカで作家のアルと暮らす道子。次男ケン13歳は自閉症を思わせる脳障害児。身体が道子より大きくなり、施設に入所し、初めての帰宅を迎える。「過越しの祭」内
□過越しの祭  1986 新潮社  強度行動障害  芥川賞
次男のケンは脳障害児。言葉や社会のルールが分からないケンと、ユダヤのルールとヘブライ語が分からないミチ。
□サンデー・ドライブ  2003 集英社  強度行動障害
「遠来の客」の10数年後、毎日曜日にケン(脳障害)がいる州立病院へ行く夫婦。
□米谷ふみ子 タンブルウィード  1986 新潮社  強度行動障害
アメリカで作家のアルと暮らす道子。次男ケン13歳は自閉症を思わせる脳障害児。母を日本から呼び寄せた、「過越しの祭」のその後

2008年7月14日 (月)

結城信一全集 1

流離:康子、あっけなく死にました、肺結核をこじらせたのです
秋祭:この家ははじめ病弱な息子のために十五年ほど前に四百円で買い取った、大学に入ると肺結核になりここで養生
冬隣:根本は、学生時代に腎臓を片方剔出し、間もなく睾丸炎を患って
木蓮:女学校、道子、十年後、洗面器に一杯に喀血
青い水;K村の療養所、細木浩は一年足らずで死んだ

結城の結核療養、英語教師の体験をもとに書かれた小説。

2008年7月 4日 (金)

パウロ・コエーリョ ベロニカは死ぬことにした

パウロ・コエーリョ ベロニカは死ぬことにした 2001年 角川書店 

 作者は1947年ブラジル、リオディジャネイロ生まれ。24才のベロニカが睡眠薬自殺、精神病院で意識を回復する。薬の影響で心臓が弱って余命一週間と言われる。注射治療をするがたしかに心臓の動きがおかしい。病院内で出会う人たちとの交流によって、生きていく意志が生まれてくる。実は、意志が実験的に心臓の動きを調節する注射を打ち、死を再認識する中でどう生きるかを考えさせる治療を行い、それが成功する。入院中の3人の患者とベロニカを含めて4人が自分の精神の病を語る。
 作中に作者は、自身が3回精神病院に入院していることを書く章を挿入している。自身の体験を元に書かれたものと推測できる。親との係わり、性的な葛藤が病の背景としてかたられている。

http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/otonabungaku.htm より

2008年6月29日 (日)

太陽のうた~障害者と共に歩んだ30年~

太陽のうた~障害者と共に歩んだ30年~、三枝義浩「埋もれた楽園」1993年、講談社内
1992年「週間少年マガジン」第28、29号所載
藤岡博昭氏は、1963年に広島県呉市立の中学校の障害児学校の担任となる。岡山県真備町の山里で自立の村=たけのも村作りを始める。藤岡著「やったらできた」講談社、を参考に、三枝氏の取材を元に漫画化した作品である。
経験がない仕事に取り組む時、参考となる実践のない障害児教育に取り組むとき、教師はどのような行動をとるのだろうか。障害児学級ができると、どのような子どもが入ってくるのだろうか。学級の運営が軌道に乗ると、次にはどのようなことが課題となってくるのだろうか。
公教育の中で、教育を仕事としている人が、教育の世界から離れて福祉の仕事をする、そんな生き方を描く漫画である。

「結城信一全集 1 1946~1956」

予定外であったが、図書館へ行く。
「結城信一全集 1 1946~1956」を借りた。解説はない。しかし月報が貼り付けてあり、それに年譜があった。
1916年生まれ、1918年、小児麻痺、左足麻痺となる。その体験は「蛍草」に書き記されているという。同書は芥川賞候補になっているとのこと。
「蛍草」
30ページ読んだ。左足麻痺、ポリオだろうか。自分の姿をつらく思っている青年。父の癌手術、と父の生き方。自分の盲腸手術で、自分の身体に向かい合う。時代が行き来しながら語られていく。

「結城信一の青春」矢部登、帖画舎、1992。こんな本もあるらしい。気になる本である。

2008年6月15日 (日)

北の作品と障害者

   北杜夫は一九二七年生まれ、歌人の斉藤茂吉の次男、斉藤家は青山脳病院を営み、子供の頃から精神病者と遊んでいたという。一九五二年東北大学医学部卒、慶応大学病院神経科、山梨県立精神病院、斉藤神経科医院で臨床医として働き、一九六〇年「夜と霧の隅で」で芥川賞を受賞している。北は精神病者、知的障害者が登場する作品を数多く書いている。

◇一九六〇年「夜と霧の隅で」
 ホロコーストとして知られるユダヤ人や障害者を虐殺する計画が、一九四三年南ドイツの精神病院で実行されることになった。不治患者を収容所に移せとのナチスの命令に対し、不治ではないことを示すために「一か八かの博打」と批判される危険な治療を行う医師。ナチスに「生きるに価しない生命」とされた障害者を守ろうと苦悩する。
◇一九六四年「楡家の人々」
 耳の穴から脳を見て診察し、言葉で患者を煙に巻いて治ったと思わせる独特の治療を行う楡脳病院長。病院の少し足りない看護人やせむしの飯炊き人、奇妙な節回しで新聞を読む患者。
◇一九六六年「もぐら」
 精神病院で作業療法としてモグラ退治を行っている。院長はそれを題材に映画を作るという具体的な目標を患者に与え、映像によって自分を外から眺めることで治療効果を意図する。脅迫神経症患者、てんかんのある精神薄弱者、幻聴・幻視のある者、暗殺団に狙われている分裂病患者、碁は強いがぼけている脳梅毒進行麻痺の爺さん。互いに協力、対立しながら監督・カメラマン・役者となる。
◇一九六九年「さびしい王様」
 革命により城から放り出されるが、森で蟻を尾行する自由を幸福と感じる「にぶい脳」の王様。

http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/kitamorio.htm より

2008年6月10日 (火)

漫画から、3作紹介

青木琴美 僕の初恋をキミに捧ぐ 小学館 心臓病 漫画 少女コミック。12歳タクマは心臓病、治療するも20才まで生きられないと知る。幼なじみマユのことが好きだが、やがて死ぬ自分が愛する訳にはいかないと考え、互いの思いがすれ違う。
佐藤 秀峰 ブラックジャックによろしく 3 講談社 ダウン症 漫画 不妊治療、未熟児医療、障害児、追い詰められていく両親。NICU(新生児集中治療室)には苦悩と矛盾が渦巻いていた
戸部 けいこ 光とともに 12―自閉症児を抱えて 秋田書店 自閉症 漫画 自閉症児を育てる家族の物語。巻が進むごとに、光君の様々な困難と成長、周りの者との関係の変化が描かれている。

2008年6月 8日 (日)

曽根富美子「この星のぬくもり 自閉症児のみつめる世界」ベネッセ、1997

取材協力、森口奈緒美(変光星-ある自閉症者の少女期の回想、飛鳥新社)
 自閉症者=森口氏の手記を参考に描かれた漫画である。オッパイの吸い付きが悪い赤ちゃん愛里、その幼児期、小学校、高校までを描く。愛里は幼児期にはしゃべらないが、漫画の吹き出しには、自閉症児がどのように回りの世界を捉えているかが書いてある。自閉症者が見たり聞いたりしている世界、その受け止め方を知ることができる。紹介される絵ピーソードは、他の自閉症児の親の手記や講演で聞いたことがある事項とつながる。
 幼児期、言葉がしゃべれないのにカラスの鳴き真似をする場面、大江健三郎氏の随筆に、息子光君が最初にしゃべった言葉が、鳥の鳴き声を聴いて「これはクイナです」であったこと。自閉症児と鳥の声とは、いろいろエピソードがありそうだ。
 行動訓練で集団行動ができるようになったが、家でパニックになり、その時初めて母の胸の中で泣いた愛里がそれ以降に母を認知し、物を投げることがなくなった場面、Y氏の息子さんが、一人下校の練習で、初めて家まで一人で帰ったそのとたんに大泣きして、それ以降に情緒が豊になったこと。自閉症児はあまり泣かないが、泣くことで情緒さ育つ、あるいは情緒がそだつことで泣くようになる、といったことがあるのかもしれない。
 後半、アスペルガータイプ、高機能自閉症と描かれているが、幼児期・小学校時代はそのようには見えない描き方である。幼児期に言葉がない自閉症児が、成長にともない高機能自閉症となることがあるとの誤解を生まないか、少々心配な気がする描き方となっている。

2008年5月11日 (日)

写真・絵画集成 日本の障害児教育 全3巻

Nihon 編集/津曲裕次 編集協力/リハビリテーション史研究会
写真・絵画集成 日本の障害児教育 全3巻 2004年3月 日本図書センター
第1巻 共に生きる社会をめざす
第2巻 あたらしい教育の誕生
第3巻 激動の時代をのりこえて
A4版各巻136ページ  
27000円+税 分売不可

 昨年春、津曲裕次氏(長崎純心大学大学院教授、筑波大学名誉教授)が所蔵する写真資料、盲・聾・養護学校沿革誌、障害児教育・福祉の研究書が日本図書センターの編集室に並べられた。津曲氏自身が撮影した写真のアルバム、写真の複写やコピー、パンフレットやポスターも含まれている。その数は約百数十点に及んだ。写真の数にすると数千枚に及ぶことと思われる。
 それを前に、津曲氏、リハビリテーション史研究会のメンバー、図書センターの編集者久間氏で編集会議を行ったのは5月であった。そこで津曲氏は「小学校の総合学習で子どもたちが見て、調べて使える本にしたい」との編集の意図を語られた。それにより障害児の学校のことを知らない、あるいは「暗い」といったイメージを持っていることを変えて、障害児が必要な支援を受けながら地域の学校で学び、地域で友達と遊ぶ時代がくるようにとの願いを込めている、とのことであった。
 すでに津曲氏と久間氏の間で、大まかな構成が立てられており、それに沿って写真や図、絵画の見直しが始まった。そこへ、桐山が病弱教育史研究の立場から収集した絵葉書や写真資料と、神奈川県立総合教育センター図書史料室所蔵の沿革誌等を加え、また聾教育史を研究する野呂一氏の手話教育に関する写真資料が加わり、それを含めて再度編集が行われた。また、カメラマンと編集者による取材、図書館で資料収集を行った。
 第1巻は1981年国際障害者年から始めて現代を中心に編集、第2巻は塙保己一の「群書類従」から始めて昭和初期の光明学校、思斉学校まで、第3巻はやはり昭和初期の八幡学園から昭和50年代の金井康治君の小学校自主登校まで、となっている。
津曲氏による「総合解説日本の障害児教育歩み」6ページが全編の案内となり、「障害児教育と法制」8ページとコラム4ページがやや専門的な解説となっている。年表、文献が巻末にあり、より詳しい研究につなげる配慮がされている。
写真が映し出す情報量は多く、教育・福祉の場における子ども・教師やその事業を支える人々の生活実態を見ることができる。例えば、肢体不自由児学校の光明学校のページには三輪車が複数写っている。車椅子がなかったためと思われる。知的障害児の治療教育を行う藤倉学園の机は高く作られており、立って学習している。集中力を高める工夫であるという。明治期に盲学校を設立した初代校長の肖像のページを見ると、その多くが黒い眼鏡をかけていたり目を閉じている。盲人自身が学校作りを行ったことが分かる。1930年に別所彰善医師が宝塚に設立した生成学園小学校は平屋の小さな日本民家であり、1931年に高塚賢三医師が設立した熱海外気学校は白壁3階建ての洋風サナトリュームのようである。民家や病院が学校になったのである。これらは、文字による歴史書では知ることができないことである。読者がこの本を見て思いめぐらし、心に生じることは、写真によって伝わる歴史感覚であり、当時の生活感覚である。それらの感覚を持つことで歴史認識が高められるように思われる。
 小学生が見て、読んで障害児教育の歩みを学習しやすい本であるとともに、障害児教育の研究者にとっても多くの発見がある本であると思われる。東京の学校も多く取り上げられている。やや高価ではあるが、ご自身に購入していただくとともに、関係する図書館で購入することを薦めて頂けたら幸いです。

2008年5月 6日 (火)

「きみの声 ぼくの指 私と手話で話そうよ!」

横谷順子「きみの声 ぼくの指 私と手話で話そうよ!」1~4、講談社、2003年
 夏木るるは生まれた時から耳が聴こえない。中学まではろう学校、普通高校に進学して、先生になろうと大学へ。普通中学とろう学校で体育の教育実習をして、どっちの先生になろうか・・・で終わる物語。初めての聞こえる世界=普通高校での不安を友達が支えてくれる。学校とは、そういった人との出会いがあり、将来の夢を作り出す場として描いている。聞こえない娘と父、聞こえない自分と聞こえない男性・聞こえる男性との恋愛などをサラリと描く。周りには聞こえる弟と聞こえない兄との関係、ろう学校における口話教育と手話による教育の確執、日本手話と日本語対応手話、フリースクールで手話を教える活動など、現代的な話題を盛り込んでいる。作者は、手話も口話も、でも手話で教える立場にある。まず手話を教える、との考えに立つ。
 元気で活動的な夏木るるは、進学した高校、大学、教育実習で行った中学までも変えてしまう魅力ある少女である。ろう者が話せるようになることが、自分のためになるはずだ、と語るろう学校教師を設定し、実習で手話を使うるるについてその是非を論議する教師たちを描いて居る。るるの、口話を学んで声を出す学びの中で、手話を使わないようにと先生に手を縛られる経験も描いている。
 父は、口話では娘の気持ちを理解しきれない限界を感じて、手話を娘と一緒に習い始める(母親がいない設定)場面がある。ろう教育や聴覚障害者の世界を知らない者にとっては、ろう者が手話と出会うことはごく普通のことのように思っているが、聴覚障害の子を持つ親、そしてその聴覚障害の子にとって、手話との出会いはそう簡単なことではないことがよく伝わってくる。学園、恋愛、友情、親子、兄弟といった少女漫画によくある世界の中で、聴覚障害者とその家族の苦悩と、苦悩の中から次の人生を選んでいく様子を、柔らかな線で描いている。

2008年4月20日 (日)

ライフ・ライン~医療少年院・看護師と院生との絆~、江川晴(案)、美村あきの(画)

ライフ・ライン~医療少年院・看護師と院生との絆~、江川晴(案)、美村あきの(画)、秋田書店、①2005年、②2006年
出版社 / 著者からの内容紹介
罪を犯し、そのうえ心や体に病を抱える少年少女を収容し更正する施設・医療少年院。そんな施設に赴任した看護師・夏川凛子は、以前の病院との違いに戸惑うが、法務教官と協力し、更正に携わるこの職場の魅力に次第にひかれ…!?
○江川著「医療少年院物語」を漫画化。「身体障害・精神障害の疑いのある者に対し専門的な治療を行っているH医療少年院」を舞台にしている。医療少年院には、総務的な仕事をする庶務課、教育・処遇を担当する教務課、医務課があるという。教務課は「保安・矯正教育」を行い、法務教官が担当する。医療と教育が行われていることになる。この漫画は看護師の視点から描かれ、看護によって教育を行う身体的・精神的なベース作りが行われ、看護が他者とのコミュニケーションの練習の場となっている様子が描かれている。夏川看護師の看護による子どもの変容が描かれているが、法務教官の役割や活動の記載が少ない。主人公が看護師だから、当然とも言えるが。登場する少年は医療少年院に入る前、罪を犯す前に教育が必要であったと思われる子どもたちであり、またその親が子どもとの関わり方、生きていく上での価値観の持ち方などを教育される必要がある大人であった。人が生活していく上では、様々な困難と喜びがあり、それはそれぞれ小さなことも大きなこともあることを知り、困難を回避したり受け入れて生活する方法を教育される必要があるのではないか。罪を犯した子どもは、具体的な問題を持っている分、それに対する関わり方、教育方法があるのだろう。この漫画は看護の視点で描かれている。教育の視点では、医療少年院はどのように描かれるのだろうか。

2008年4月 6日 (日)

太陽の仲間たち-身体障害者とある医師の挑戦-、三枝義浩

太陽の仲間たち-身体障害者とある医師の挑戦-、三枝義浩、講談社、1994年。大分に障害者が働く工場=太陽の家を設立した医師、中村裕(1927~1984)を描いた漫画である。整形外科医として脊髄損傷者の手術・治療を行い、イギリス留学で障害者のスポーツと社会復帰の現状を見て、帰国後に東京でパラリンピックの成功、障害者雇用の実現を果たした。日本の障害者スポーツの歴史、障害者雇用の歴史において中村裕医師の存在が大きな出発点になっている。医師として治療するだけではなく、患者が仕事を持ち、収入を得て、社会生活ができるまでするまで援助した中村裕氏のことを知ることができる漫画となっている。

作者が参考にした文献は

・太陽の仲間たちよ、中村裕、講談社

・中村裕伝、中村裕伝刊行委員会編

・すすめ、太陽をあびて、きりぶち輝、PHP出版

解説を書いた社会福祉法人太陽の家理事長、畑田和男が引用した文献は

・整形・労災外科、第24巻3号、中村の大分県身体障害者体育協会設立の経緯の中村の述懐

・四国太陽新聞第8号、身体障害者のオリンピックに関するコメント

2008年3月17日 (月)

九州大学の遠城寺宗徳教授

九州大学の遠城寺宗徳教授
九大医学部小児科関係の文献
○還るを知る 遠城寺宗徳、九大小児科同門会、昭51
○こどものからだと教育 (家庭教育シリーズ第1集)遠城寺宗徳、大日本女子社会教育会、昭和43年
○ 日本小児医事年鑑 昭和24年度栗山重信・鎮目専之助・詫摩武人、日本小児医事出版部、昭和24年 *これに遠城寺は「小児科随想」と題して、小児科教室の構想として附属施設として、乳児院、託児所・幼稚園、小学校、精神低格児施設(補助学校)の4機関をあげ「当分は実際に付設することは困難であろうから他の施設と特約協力する」と記している。この構想を数年後には内部努力で実際に開始したことになる
○ つくしんぼ(1~26)九大医小児科学教室二十六冊 1 父母と医師の会 N研届き 不 昭32~37   *ガリ版印刷の治療教育部の機関誌
○強い子弱い子―育児の医学と教育 遠城寺宗徳、慶應通信、昭和41年
○九州大学医学部小児科教室業績目録 昭和59年~平成8年 *遠城寺とは時代が異なるが、教育のことを論じた論文がないか、と思って買ってみたが「養護教諭」関連1本あるだけであった
□一生一竿 遠城寺宗徳追想集 1979年
西日本新聞の記者による遠城寺氏からの聞き書きがあり、それに治療教育部やその他、教育関連の項あり。ただし「聞き書き」なので、どのように評価して扱っていいのか、検証が必要。教授時代が時代順に書いてあるので分かりやすけれど。

2008年3月 9日 (日)

障害・病気と文学作品について触れる文献

小児疾患と文学 角田昭夫 日本医事新報社 1989
やさしさと出会う本 「障害」をテーマとする絵本・児童文学のガイドブック 菊地澄子他 ぶどう社 1990
自分探しの旅 児童文学を読む 読書研究会 かもがわ出版 1993
障害者の文学 中島虎彦 明石書店 1997
マンガの中の障害者たち 表現と人権 永井哲 解放出版社 1998
近代文学と障害者 別冊しののめ しののめ発行所編集 1999
日本文学のなかの障害者像 近・現代篇 明石書店 2002年 花田春兆編
クララは歩かなくてはいけないの? 少女小説にみる死と障害と治癒 ロイス・キース 明石書店 2003
謎解き少年少女世界の名作 長山靖彦 新潮社 2003
大江健三郎の作品と都立青鳥養護学校の教育 大南英明 ジアース教育新社 2004
児童文学のなかの障害者 長谷川潮 ぶどう社 2005

本は友だち 障害をもつ子どもと本との出会いのために トーディス・ウーリーアセーター 1989 偕成社

2008年3月 2日 (日)

サトクリフ自伝

ローズマリー・サトクリフ 思い出の青い丘 K サトクリフ自伝 1985 岩波書店 スティル氏病 本人 2歳で発病、歩けなくなる。作家として出発するまでを、障害を持つ少女の立場から描く。

サトクリフは1920年12月14日、イギリス、サリー州で生まれる。3歳頃に若年性関節炎になり、進行・軽快を繰り返しながら症状が進行した。

40ページに次のような記載がある。
------
車椅子に乗って午後の散歩につれていってもらえないとき―その頃私はまったく歩けませ
んでした―私は大部分の時間を庭のなかか、家の前のクルミの木の下に椅子を置いて過ごし
ました。それはできるだけ戸外にいるのがよいと考えられていたせいでした。どれほど寒かろ
うと、雨に降られようと、そうやって戸外に出ているということば、ほとんどどんな病気にも
効き目があるのだと当時は考えられていたものです。
------
39ページには5歳とある。1925年、日本では明治から大正に元号が変わる頃。欧米の林間学校や露天学校情報が移入され、各地でその試みが行われ始めている時代である。戸外の健康への影響は、このように捉えられていた、という貴重な記録である。
この他、障害の子どもがどのように自分の障害を認識しているか、それがどのように変化していくか、が書かれている。

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