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映画・テレビ

2008年10月12日 (日)

サイモン・バーチ マーク・スティーヴン・ジョンソン 監督, 1998

生まれつき体が小さく、いつ死ぬかわからない奇病を抱えて生きるサイモン(イアン・マイケル・スミス)と、彼の用心棒的存在でもある親友のジョー(ジョゼフ・マゼロ)。やがて、ある事件をきっかけにジョーは自分の実の父親を探し、サイモンはこの世に生を受けた自分の使命とは何かを考えるようになっていく。
  /映画の冒頭は教会のステンドグラス、キリストの像である。小人症(演じるイアンはモルキオ症のようだ)のサイモンは、自分が障害を持ってこの世に生を受けた意味を考えている。障害のある自分が生きている意味、寿命が短いと感じている自分が行う使命は何か、と。

2008年10月 4日 (土)

亀も空を飛ぶ バフマン・コバディ監督

 トルコ国境近くの村は、戦争しか知らない子供達、障害者であふれる。
  /最初に結末を描き、後半に謎を明かす。映画的な(作り物)の手法で描くが、見ていてこれはドキュメントではないか?自分がその難民の村にいるのではないか?と思わせる作りとなっている。子どもを描いた映画である。戦争を描いた映画である。戦争が人を不幸にする。戦争が子どもを不幸にする。
 兄14~15才に見える、地雷に触れたのか両腕がない。妹13~14才に見える、サダムの兵士に犯されて子どもを生む。その子どもは2才ぐらい、目が見えない。イラク軍が毒ガス攻撃をした町からやってきて、3人が生きる。1人を泉に沈め、1人は断崖から飛び降りる。象徴的なのは「ロープ」。ロープは目の見えない子どもを守り、子どもを殺す。とてもつない苦難、でもそれは、戦争のある所にはいつも、いくつもあることだろう。

2008年10月 2日 (木)

「さくらんぼ 母ときた道」

「さくらんぼ 母ときた道」チャン・ジャーベイ監督 日・中80年代雲南省、足の不自由な葛望と、知的障害を持つ桜桃夫婦には子どもがなかった。捨てられた赤ん坊を拾い、愛情をそそぐが・・・。

2008年9月 2日 (火)

嫌われ松子の一生

 TVS、約20分見たところで突然の「福田首相の辞任」で放映中止。この映画は教師からソープ嬢、殺人と転落の人生を描くという。松子の人格形成において、病気の妹と、妹を可愛がる父親、父親に愛されたい松子、といった家族関係が描かれている。病気の妹を持った姉の苦しみ、が描かれている。時代背景からすると、妹は結核、カリエスか(?)。障害・病と兄弟・姉妹、というテーマから見ることができる映画かもしれない。最初の20分間を見た感想。

2008年8月31日 (日)

夏休みのレモネード

夏休みのレモネード 2001年 アメリカ   監督 ピート・ジョーンズ
 1976年、シカゴ郊外のとある町。ピートは、夏休みに白血病を患った少年ダニーに出会う。ダニーに残された時間がわずかである事を知ったピートは、天国での楽しい時間を過ごせるように天国へのメダルを手に入れるための「10個の課題」にダニーと協力し合いながらチャレンジする。
  /小さな子どもが死をどのように受け止め、それに対して回りの者はどのような行動をとることができるのだろうか。白血病のダニーは、天国を語るときに、まったく恐れの表情はない。天国は死、であるのに。天国に向かって「10個の課題」を行うことは、死に向かっていることなのに。1才年上のピートが言うことには、ダニーにとっては父の言葉よりも救いがあった。父はそれに悩み、また同時に感謝した。病のなかにあって、親よりも時には友が救いになることがある。

2008年8月26日 (火)

潜水服は蝶の夢を見る

映画の中の言葉
・(フランス北部、ベルクの)この海軍病院は、元もと結核に苦しむ子どもたちを収容するために建てられてものだ。
・(大理石の胸像)ナポレオン三世のお后、ウジェニー。病院の支援者で、ここには学校、農園があった。
まさに、病弱教育の歴史そのもの。
今日は、まずここまでの覚え書き。

2008年7月28日 (月)

映画「ラブソングができるまで」

ラブソングができるまで 監督: マーク・ローレンス
 とても楽しめるラブ・コメ映画である。文学的才能があるが、アルバイト生活のソフィーは、サボテンのトゲを指に刺して仕事を中断してまで病院に行ったり、訪問先の主人のピアノの上に物を乗せてほしくない思いを読みとれなかったり、話しながら植物に水をやると鉢から水が溢れても気づかない。小さなことが気になり、他者の心の理解が難しく、何かに気をとられるとその時までやっていたことを忘れてしまう。ちょっとしたADHD的な女性として表現している。そういった性格だから、学生時代の恋愛がうまくいかず、定職につけないのだろう。しかし、彼女の強みは文学的な表現力であり、それがミュージシャンとの出会いによって高められていく。上品で、良くできたラブ・コメとして楽しめばいい映画だけれど、自分の興味・関心に引きつけて見ると、生きていく上で困難をもっている30歳代の女性が、持っている力を活かしてすばらしい愛と仕事をもって生きていく映画、ということになる。

2008年6月28日 (土)

カーラの結婚宣言 1999 アメリカ

   知的障害のカーラは、寄宿制特殊学校を卒業して自宅に戻り、職業訓練校に通う。そこでダニーに出会い、恋に落ちる。原題、The Other Sister
  /自立心が強いカーラ。知的障害の娘を受け入れることができないことに悩む母。それだけの話とすれば、テーマとなりえる。しかし設定が、裕福すぎる家庭。歯科医の家庭はあれほど裕福なのか。メイドがいる大きな家、福祉活動をする母。姉妹はそれぞれ、カーラとの関係に苦悩する様子を描いてはいない。アメリカの一つの姿かもしれないが、ギルバートグレプの障害の弟を持つ家族の方が現実感があり、家族の生き方として共感できる。原題の意味を読みとれない。カーラがThe Other Sister?それにしては姉妹の関係の描き方が薄い。

2008年6月26日 (木)

ギルバート・グレイプ ラッセ・ハルストレム監督 アメリカ 1993

  父の死後、過食症になり、動くのも苦労するほど太ってしまった母、知的障害で、若くして死ぬだろうと言われて生きている弟、思春期で扱いにくい妹を抱えて、生まれ育った街から出て行くこともできない主人公ギルバート /田舎町、5人家族を支えるのはギルバート、母は肥満で働けず、弟は知的障害。障害児を持つ貧しい家庭にあって、家族思いのギルバードはどのように生きていけばいいのか。肥満、知的障害の家族を大切に思う心がある青年に必要なのは、仕事と恋人、そして姉と妹がもう少ししっかりとしてくれることだけ。まともな仕事はない。ハンバーガーショップができて、そこの店員になることさえ難しい。アメリカ、それはどういう社会なのか。仕事と恋人、人として普通にあっていいことが実現しない社会。ギルバートは家族を守ったしこれからも守っていく、それは見る者にとって嬉しい光景、でもアメリカには苦悩がある。2007.5.13。

2008年6月17日 (火)

マイ・フレンド・メモリー 監督/ピーター・チェルソム 1998年

   余命わずかな杖をつく少年と体格の良い学習障害の友だち。二人の力を合わせて闘う。原題は"The Mighty"で、身体障害の子どもの妄想を示しているのかな? /以前ケーブルテレビで見たが、今回DVDで2000円ちょっとで店頭で見つけて購入した。少年ケビンはモルキオ病(ムコ多糖症の一種)。友達のマックスは読み書きが苦手な軽度知的障害か、学習障害。二人の友情や、ケビンの生き方、マックスが障害や不幸な環境を乗り越える物語。記憶に残ったこと。①障害があっても体育をさせたい、と母は校長に願い出る②マックスは週末に読み方の授業がある。アメリカ流の個別教育計画なのだろう。教えるのはケビン、先生は最初に顔を出すだけだった。③マックスはここで頑張らなくては特別な学校へ行かされると脅されていた。④母が身体障害の子どもには頭の中の世界しかない、と言っていた。

http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/eiga.htm より

2008年6月11日 (水)

映画「エディット・ピアフ 愛の賛歌」に見る虚弱児

映画「エディット・ピアフ 愛の賛歌」監督:オリヴィエ・ダアン

 日本の大正初期、フランスの子どもの健康状態を知ることができる場面がある。映画は1918年(大正7年)、パリ、3歳のピアフ少女から始まる。ウィキペディアによるとプアフは「3歳から7歳にかけて彼女は角膜炎で目が見えなかった」とのこと、その様子が描かれている。ピアフの頬は、赤くただれている。それがやがて、目の回りまで赤くはれあがり、目が見えなくなる。医師の診断は「元もと身体が弱く、目に出たのでしょう」とのこと。祖母の元で働く娼婦と共にノルマンディーにあるリジューのテレーズの墓に巡礼を行った後、屋外のデッキチェアーで身体を休めていたピアフが、眼帯を取ると、ニッコリと笑い、目が見えるようになっていた。「屋外のデッキチェアー」で休息、というのは、虚弱児の学校でよく見られる風景と同じである。屋外で、外気の下で、太陽の下で、休息することが、子どもの健康にいい、との当時の考えが映画の一場面に示されているように見ることができた。ピアフの視力が回復した、その最初に見たものは、桜のような花と描かれていた。春の到来も描いていた。

2008年5月17日 (土)

映画「道」フェデリコ・フェリ-ニ監督、に見る結核の少年

道 フェデリコ・フェリ-ニ監督  1954年 イタリア 五四年ヴェニス国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞
  
貧しい上に少々足りない娘ジェルソミーナは、オートバイで旅まわりをする曲芸師ザンパノーの助手となって旅に出た。本作は最も感動的なフェリーニ作品として知られ、アカデミー外国語映画賞受賞作。
ジェルソミーナは浜辺で薪拾いをする長姉、母から頭が弱いと言われ口減らしとしてとして旅芸人となる。映画では知的障害を思わせる表現は見受けられず、本人の「料理ができない」と、母・サンパノの「おまえの頭では」といった言葉ぐらい。ジェルソミーナが自分の能力のなさに自信を失っている場面で、「誰にでも世の中に存在する意味がある」と励まされる。そこに障害と生きる姿があった。1回見た感想は、男と女の心の行き違いの映画、純心で少々足りない「女」を設定することで、男は愛に気づくといったところか。気になる場面は、結婚式の盛大な宴会をしている家の奥の暗い部屋のベッドに寝ている少年が出てくる所。その少年の従兄弟たちが、ジェルソミーナの芸を見せて笑わせてあげようとする。小児結核で寝ている少年と、心配し、楽しい経験をさせてやろうとする従兄弟たちの思い。少年の世話をする大人は、大声で近寄ることをしかる。

2008年3月23日 (日)

タイヨウのうた 小泉徳宏監督 日本 2006年

 雨音薫16才。彼女はXP(色素性乾皮症)という難病のため太陽の光にあたることができない。深夜に駅前広場で歌うことが唯一の生きがいの薫は、日の出前にサーフボードを抱えて現れる少年、藤代孝治に窓越しの恋をしていた。運命は2人を引き寄せるが、薫に残された時間は残りわずか。そんな薫のために、孝治はある約束をする…。

  /高校生のせつない恋の物語。障害を16歳少女=薫はどう受け止めたか、最後のシーン、「生きる」と。障害をめぐって、薫と両親の葛藤の場面は車の中。薫を大切に思う孝治は薫に神経症状の障害が生じたことを知る場面で泣いた。薫の友達、両親、歌とギター、恋人、生きる目的。薫の死までを描く。

2008年3月20日 (木)

長州ファイブ

長州ファイブ 五十嵐匠監督 日本 2006年
 攘夷の嵐が吹き荒れる幕末期に幕府の禁を破ってイギリスへ命がけの密航を果たし、後に近代日本の幕開けに大きな足跡を残した長州藩の5人の若者、「長州ファイブ」と呼ばれる、伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助、山尾庸三の激動の運命を描く歴史ドラマ。
  /後半は山尾が主人公となり、手話を使い、紡績工場で働く聴覚障害者エミリーとの恋を描く。山尾は帰国後「盲唖学校ヲ創立セラレンコトヲ乞ウ」と題する建白書を書く。1915年、日本盲唖協会初代総裁に就任する。障害児教育史の知識として、山尾がイギリスの造船所で働く聴覚障害者が手話を使い、図面を引いたり大工・鍛冶の仕事をしてるのを見て、それが教育によるところが大きい、との見識を持っていた。この造船所を映画では紡績工場の女性に置き換えて描いたものと思われる。白亜の海岸をバックに、山尾とエミリーが手話で会話する場面が美しい。日本の聴覚障害者教育の一つの源流が、映画で再現されている。

2008年3月 8日 (土)

道 フェデリコ・フェリ-ニ監督  1954年

道 フェデリコ・フェリ-ニ監督  1954年 イタリア 五四年ヴェニス国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞
  
貧しい上に少々足りない娘ジェルソミーナは、オートバイで旅まわりをする曲芸師ザンパノーの助手となって旅に出た。本作は最も感動的なフェリーニ作品として知られ、アカデミー外国語映画賞受賞作。
ジェルソミーナは浜辺で薪拾いをする長姉、母から頭が弱いと言われ口減らしとしてとして旅芸人となる。映画では知的障害を思わせる表現は見受けられず、本人の「料理ができない」と、母・サンパノの「おまえの頭では」といった言葉ぐらい。ジェルソミーナが自分の能力のなさに自信を失っている場面で、「誰にでも世の中に存在する意味がある」と励まされる。そこに障害と生きる姿があった。1回見た感想は、男と女の心の行き違いの映画、純心で少々足りない「女」を設定することで、男は愛に気づくといったところか。気になる場面は、結婚式の盛大な宴会をしている家の奥の暗い部屋のベッドに寝ている少年が出てくる所。その少年の従兄弟たちが、ジェルソミーナの芸を見せて笑わせてあげようとする。小児結核で寝ている少年と、心配し、楽しい経験をさせてやろうとする従兄弟たちの思い。少年の世話をする大人は、近寄ることを大声でしかる。

2008年3月 6日 (木)

映画「いちばんきれいな水」

障害児と兄弟・姉妹を考える映画

「いちばんきれいな水」ウスイヒロシ監督 日本 2006年

 小学6年生の夏美には、むずかしい病気で11年間眠ったままの姉・愛がいる。/夏美が1歳の時に姉愛が手術(病名は出てこない)し、その後眠り続ける。夏美はベッドの姉に優しく語りかけ、勉強していい子に育っている。両親が不在時、愛が起きあがって夏美と過ごす中で、愛が楽しい時間の過ごし方を教え、夏美に自分の障害の経緯を知らせる手紙を書く。愛が起きあがったことは、本当なのか、夢の中なのか分からないが、夏美はこの経験によって愛を姉として受け入れて、また姉の障害を受け入れて、勉強以外にも積極的になっていく。愛に対して「こんな人知りません」が、「私には姉がいるの」に変わる。姉の障害や、両親の苦しみを知らないいい子の夏美は姉の障害を受け止めきれず、姉の障害を知り、両親の心の内を知ることで障害の姉を受け入れることができた。また夏美自身も子どもから大人へと成長する。 一番きれいな水とは、愛が手術前に、赤ん坊の夏美を水に沈めて自分の手術が成功するように生け贄にしようとした水のこと。

2008年3月 3日 (月)

映画に表現された障害者像:ハイジ

映画に表現された障害者像
ハイジ 監督:ポール・マーカス 2005年 イギリス
○アルプスの自然の中で、足の不自由なクララが生きる勇気を与えられる。つつましく暮らすペーターの祖母は盲目。
○クララが歩くようになる経緯で、アルプスの自然の中での生活がどのように関与しているか見ようと思った。シュピリによる原作が1880年、ヨーロッパの田園教育思潮の広がりより前になるか。映画では、谷に落ちる車いすを追って走るハイジの行方を心配したクララが、ハイジの姿を見ようと思わず立ち上がった、という描き方であった。アルプスでの生活で身体が丈夫になる、という描き方ではなかった。アルプスの自然が美しい、ハイジが可愛い。

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