大正期、結核の小学生、家族の行動と心理
小林恒子「一枚の写真 きのふの空第Ⅰ部」東京布井出版株式会社、2001年
著者は明治42(1909)年7月生まれ。
大正7(1918)年2月20日から同8年3月31日まで休学した。病名は乾性肋膜炎。p121~147「休学」の章がある。
<症状>
・坂を途中で休まなければ上がれなくなった
・家に帰るとへとへと
・お尻の穴が見えるほど痩せた
・定期的に種々の体力検査を受けさせられた
・肺活量は最低
・走ると脳貧血で気分が悪くなるか失神
・肋間神経痛
・寝間着や布団の皺が刃物のように感じて痛い
・頬が火照る
<治療>
・盗汗の薬として生牡蠣の絞り汁
・清酒を入れた胸部の温湿布
・部屋に終日湯気を立てる
・散薬
・水薬の鉄剤
・祈祷師「倉田のお爺さん」呪文、私の周りを回って拝んだ
・アルコールを入れた熱い湯で全身を拭く
・天理王神の祈りを捧げて、祈りの言葉を唱えながら全身を両手で撫でさするようにして拝む
<転地>
・信州は母が反対、空気は申し分ないが、医者、衛生、滋養物などの点が不十分
・大井鮫州の摺鉢公園の上のお鯉さんの別荘へ


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