無料ブログはココログ

« 戦前京都における病虚弱児教育資料 | トップページ | 宮腰信次郎、足跡と写真 »

2008年12月 2日 (火)

糸賀一雄没後40年記念シンポジウム 

糸賀氏は50代で亡くなっているので、40年を経てもまだ研究対象にならないかもしれません。
池田太郎、三津浜学園の名が出てきました。このあたりは、当方の領域です。
忘れず、研究テーマとして取り組みたいと思います。
     -略-
藤沢市にも昭和20年に戦災孤児、浮浪児の施設を作り、後に保育園、養護施設、知的障害者授産施設に発展した「唐池学園」というのがあります。(今は綾瀬市)。鶴間正男という人物が創設しました。日本国内で同様の施設や人物が多数あったと思います。戦争-孤児-生活-授産、と滋賀の糸賀と共通する営みがあるように見えますが、後の「日本」の福祉に影響を与える目立った動向は見つかりません。糸賀、近江学園は「日本」の福祉にやはり影響を与えた存在であると思います。そこには、やはり糸賀という人物の思想や行動があったからこそ、というものがあるのだと思います。

« 戦前京都における病虚弱児教育資料 | トップページ | 宮腰信次郎、足跡と写真 »

起源・養護学校史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/509563/43293834

この記事へのトラックバック一覧です: 糸賀一雄没後40年記念シンポジウム :

« 戦前京都における病虚弱児教育資料 | トップページ | 宮腰信次郎、足跡と写真 »

2009年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック