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2008年5月 6日 (火)

生成学園小学校の概要

生成学園小学校は、大阪市東区唐物町で精常院という医院を営む別所彰善が、1930年4月8日兵庫県長尾山(現宝塚市雲雀丘1丁目)に設立した私立小学校である。別所は、1926年に長尾山8万坪を購入し、興生院という医院を作り、住宅地を分譲して自分が理想とする「精常園」と呼ぶ町作りを行った。その過程で設立した小学校である。1930年5月18日に、兵庫県から「精常生成尋常高等小学校設立認可」が下りている。
 入学したのは、精常園内に住む子ども、興生院で治療を受けながら健児寮(寄宿舎、1928年竣成)で生活する子どもたちであった。1933年には常設少年山林健康学塾を開設し、生成学園小学校の他、近隣の中学校等に通う生徒の受け入れも開始した。この他、夏休み期間に生成学園小学校を会場にして、精常の理論にそった生活をする精常夏季開放健康学校という健康増進施設を営んだ。1935年の「精常園教養診療要目一覧」によると、次のように説明している。「診療要目」とあることから、治療の一環として教育活動が企図されていたことが読みとれる。

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生成学園尋常小学校 本学園は別所園長の奉仕事業として設立されたる小学校にして、現代教育の最大欠陥たる徳育意育に主力を注ぎOpen Air Schoolの原理に則した、遵自然の学校生活による健康教育を十全に課し、小数教育によりその教育の徹底を計り、心身溌剌たる健康児童養成を眼目せる小学校である
少年健康学塾 生成学園児童及び中等学生の良習涵養、健康増進を目的とせる学塾にして、学長及学園教員と寝食を共にせる家庭的学塾である
夏季少年林間開放健康学校 心身虚弱なる児童と青年をして山林開放生活に習熟せしめ、経験豊富の指導者と、熟練なる医員を集め、医園と学園の協力により夏季休暇を利用して、健康増進-知育-徳育-意育の完成を期するのである
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 精常園の運営は、別所の死亡(1940年)、第二次世界大戦後の医療保健制度の改革等を経て衰退し、生成学園小学校も1950年に廃校となる。1952年に再認可され、場所を移して再開校するが、1964年に閉校した。現在は、精常林間講堂跡に学校法人生成幼稚園(1936年開園)が存続している。

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コメント

長尾山8万坪の購入
1930(S5)年5月7日、別所彰善述 「精常余歴」昭和5年5月号 58ページ
昭和元年一二月二五日花屋敷土地会社と此の興生園敷地の売買契約をいたしました当時、無資無力の私が、果して此の大業を成就し得るや否やを皆様から危ぶまれましたが、例のモラトリアム最中に巨額の園債募集tいふ、暴挙(?)を発表したにも係はらず、幸に私を絶対に信じて下さつた篤志会員諸氏のお陰で五月末には予定通りの金が集まり、臨時資金の借り入れを依頼して置いた信託や銀行へ、反対にドシドシ預金をしたので、銀行は大変驚いてゐたさうであります。

精常園実測図
1949(S4)年12月測量
16軒の民家がある

石碑
1929(S4)年4月15日、晴嵐頂上の大自然石に刻せんとす
無牛翁の絶筆、東京美術学校長正木直彦氏のご来園を煩はし文字の配置の御指導を仰ぐ
1931(S6)年5月7日、別所家祖碣の遷碣祭

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