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白十字会林間学校は虚弱児童が将来結核になることを防ぐことを目的に寄宿制小学校として開校した。ではその当時の欧米ではどのような目的で病弱児や虚弱児をめぐる教育が行われていたであろうか。
白十字会林間学校の設立の参考とされたフランスのウェルネー林間学校はグランシュ博士が一九〇六年に発表した「パリ市の小学児童の一五パーセントが初期の肺結核に侵されている」との調査研究をもとに設立されている。その発表を契機として、初期の肺結核を発見し、児童を田舎のサナトリウム兼小学校に入れて医師の厳重な監督の下に学業を継続して病状が進む前に救助しようという目的でウェルネー林間学校が設立されてる。
ドイツでは一九〇四年の児童体格検査で、貧血や諸種の疾病の為に身体の著しく衰弱した児童が沢山出た。その身体の衰弱した児童に学習上の「劣等児」が多く、それが教育者と医者とが接近する契機となった。一九〇四年に設立されたシャロッテンブルク林間学校の設立の趣旨は、身体虚弱による教育の実質低下の救済にあった。対象は結核性児童のみに限らず非結核性児童も含んでいた。虚弱児の中に多かった学業不振児の学力向上を目的としていたのである。教育施設として学校統制の中に学童の養護・学校衛生施設が取り入れられたのである。
イギリスでは一九〇七年にボストールウッド露天学校が設立されている。普通の小学校では授業効果を全うし得ない身体の虚弱な児童の体格の改善を図り、同時に教育の遅れがないように授業しようという目的で設立されている。
アメリカは欧州と設立の経緯が異なり、結核予防の見地から公衆衛生事業として病院・結核予防団体が教育活動を準備する、という経緯を持つ。例えばシカゴ市で市の結核病院と市の教育局が共同で開始したアウトドアスクールは、最初の入学者三〇名中一七名は第一期の肺結核患者、二名が腺結核、一一名が疑似結核性患者であった。
フランス 一九〇六年頃 ウェルネー林間学校
対象:初期結核児童
目的:結核の病状が進む以前の救済
ドイツ 一九〇四年 シャルロッテンブルク林間学校 @確認
対象:結核性の虚弱児、非結核性の虚弱児
目的:身体虚弱による教育の実質低下の救済
イギリス 一九〇七年 ボストールウッド露天学校
対象:授業効果を全うしない身体虚弱児童
目的:体質の改善と教育の遅れの回復
アメリカ 一九〇八年 プロビデンス市アウトドアスクール 結核防止教会が設立
対象:結核試験に反応したが純粋の結核ではない者
一九〇八年 ニューヨーク市公立第一一四小学校付属アウトドアスクール 病院が設立
対象:ベルビュ病院内の病気治療中の児童
設立年不詳 シカゴ市アウトドアスクール 市結核院、市教育局が設立
対象:結核患者
目的:結核児の療養中の教育
日本 一九一七年 白十字会林間学校 結核予防団体白十字会が設立
対象:身体虚弱児(現に結核の症状が出ていない者)
目的:教育の傍ら身体の健康を恢復し結核の伝染を予防する
このように欧米の四国を見ると次のようなことが分かる。
・ドイツ、イギリスでは身体虚弱児の体質改善と共に学業成績の回復を目的としている。
・フランス、アメリカでは結核の予防を目的としており、フランスでは初期結核児を、アメリカで は結核児を対象としてる。
・フランス、ドイツ、イギリスでは公教育行政の中で身体の養護と学校衛生が取り入れられている のに対し、アメリカでは医療サイドが公衆衛生事業として教育施設を計画している。
これらと白十字会林間学校とを比較するとき、対象としている「虚弱児童」の意味するところを考えてみる必要がある。先に示した入学児童の既往症の「腺病質」「肋膜炎」、これらはいづれも結核の初期症状をさすものである。当時結核患者がいる家と噂されると、その家の前は鼻を押さえて通ったと言われるほど感染が恐れられていた。そんな時代には結核という言葉を使うことを避ける風潮があった。現に結核の症状が出ている患者も「胸が悪い」とか「肺浸潤」と言い、「結核」という直接的な表現は使わないという風潮があった。白十字会林間学校入学の際には東京の白十字会診療所で身体検査を行い、感染の恐れがある開放性結核患者は入学させていなかったが、開放性でない結核患者は入学させていた。そう言った意味においては、虚弱児童は初期結核児を含んで意味していたと言える。よって白十字会林間学校はその設立のきっかけとなったフランスのウェルネー林間学校と対象児童と目的が共通しており、運営の主体は結核予防団体でありアメリカと共通する。日本で公教育の中で虚弱児のための学校が設立されるのは東京府立久留米学園の一九三六(昭和一一)年である。
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