軍事保護院相模保育所
軍事保護院相模保育所
1)概要
軍事保護院が附属機関として「戦没者軍人遺児保育所」を相模(神奈川県)、摂津(大阪府池田市、開所に至らす終戦)に計画(B)、1945年6月に神奈川県二宮町に軍事保護院相模保育所を開設する。1946年1月からは、戦没者の遺児や戦災者・引揚者等の虚弱幼児の収容保育を実施する傍ら一般乳幼児診療保育相談にも応じた(D)。
戦後国立東京第一病院二宮分院保育館(C)、1965年4月国立世田谷病院が国立小児病院と改称するに合わせて国立東京第一病院二宮分院が国立小児病院二宮分院となる。
2)先行研究
桐山直人「神奈川県病弱教育史年表 戦前の学級・学校を中心に」(1994)障害児教育かながわリソース、第11号、神奈川県立第二教育センター/元国立神奈川療養所の小児科医で国立小児病院二宮分院で喘息児の治療にも関わった石田尚之医師からの聞き取り調査を元に相模保育所の存在を示した
3)文献・資料
B甲賀春一編「本庄総裁と軍事保護院」1961、青州会、p220/西牧研蔵
C赤羽「記録する会通信 第20号」2006、戦時下の二宮を記録する会
D駒松仁子ほか「わが国の小児看護の変遷-国立東京第一病院および国立小児病院を中心に-」2002、国立看護大学校紀要V1-1
国立東京第一病院編「国立東京第一病院概況 創立10周年記念」1955、国立東京第一病院/駒松研究が引用
「二宮ゆかりの人物 林芙美子」二宮町図書館だより第9号、2004
「二宮ゆかりの人物 杉田つる」二宮町図書館だより第19号、2006/1945年4月より相模保育所医師
林芙美子「うず潮」1948、新潮社/戦争未亡人の主人公が息子と相模保育所へ行く情景が描かれている
4)研究課題
研究の基礎データとして駒松研究が引用する「国立東京第一病院概況 創立10周年記念」に当たってみる。引用している、幼児の「思いのまま活動したがる」特性に合わせた「特殊な設備と職員構成」について調査研究を進める。
戦時下の二宮を記録する会(http://www.scn-net.ne.jp/~akabane/index.htm代表:赤羽興三郎)が調査を進めている。情報交流により研究進展が期待できる。
軍事保護院について。
神奈川療養所長上島三郎が二宮分院長に着任すると病院内学級設置に努力し、1964年4月二宮町立二宮小学校特殊学級(後山西小学校)が設置されている。
国立小児病院二宮分院は2002年3月1日に国立療養所神奈川病院に統合される。本体であった国立小児病院は同日に国立大蔵病院と統合し国立成育医療センターとなっている。
二宮町(民生部福祉課子育て支援係)は、二宮町山西240番5ほか3筆(国立小児病院二宮分院跡地)に、育児に関する情報提供、育児相談などの各種サービスの提供、子どもの遊戯施設整備、異年齢交流の促進などを目的とした「(仮称)子どもの館」全体基本構想を立案している。


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