軍人援護会山形支部蔵王高湯養護林間学校(蔵王学園)
軍人援護会山形支部蔵王高湯養護林間学校(蔵王学園)
1)概要
恩賜財団軍人援護会山形支部が、軍人遺族、軍人家族又は傷痍軍人家族のうちで虚弱と認められた児童を収容するために、1942年6月13日に開設された。建物は教室、寝室、講堂兼食堂、浴室を持つ222坪、職員は教諭3名、養護訓導1名、炊事婦1名が勤務した。定員120名、4月から11月までを9期に分け、20日ずつ虚弱児童を収容した(A)。後に県立蔵王学園となる。1976年蔵王学園廃園の動きに対し、2~3月に山形県職労が廃園反対のストを行う。1979年5月29日、1980年限りで学園閉園が決定する。
2)先行研究
杉浦守邦「山形県特殊教育史」(1978)、p356/荷見(1949)から引用紹介
3)文献・資料
A杉浦守邦 「山形県特殊教育史」1978、 山形県特殊教育史研究会/上記概要
荷見秋次郎ほか「虚弱児童の健康指導」1949、牧書店、p215~229 /杉浦研究が引用/筑波大学図書館蔵 体芸 372.107-G-298 10003610562
杉田裕、大井精吉編「東京・精神薄弱教育年表-昭和戦前編-」1974、精神薄弱教育資料研究会、p64/長谷川千恵美蔵
厚生省社会局・児童家庭局監修、 福祉新聞社編「全国社会福祉名鑑」1965 、福祉新聞社/杉田年表が引用
山形県蔵王学園編「蔵王学園の現状と保母の記録 昭和46年度」1972、山形県立蔵王学園/山形県立図書館蔵、資料コード104536152、請求番号K369.27/ヤマ
4)研究課題
杉浦研究、杉田研究が引用した文献を筑波大等から貸し出しを受けて当たってみる。
戦後の蔵王学園の資料が山形県にあると考えられるので、実地調査を行う。
軍人援護会の運営から県立移管により、継承されたもの、変わったことなどを考察する。 山形市蔵王温泉28「昭栄館」の温泉は「蔵王学園源泉」を使っているとのこと。蔵王学園において温泉利用による虚弱児の療育の意図があったのではないかと推察される。
軍人援護会について。


桐山先生のHPから流れ込みました。
とりあえずご挨拶です。
しっかりと学習させていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿 川口幸宏 | 2008年4月15日 (火) 11時14分