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2009年11月 5日 (木)

RISE UP 中島良監督

RISE UP 中島良監督 
ひき逃げ事故で失明した少女レイ、ある日高校生の航に出会う。失明によるショックから立ち直るきっかけを探そうとするレイ。しかし二人には残酷な過去が。

松本定雄「こころが満たされたとき子どもは変わる」学事出版、平成6年
千代田区立鎌倉臨海学校園長、5年半。そこでの出来事、子どものこと。

2009年11月 1日 (日)

「猫と車イス 思い出の仁木悦子」後藤安彦、1992、早川書房

仁木は1928年生まれ、4歳で胸椎カリエスと診断、両下肢が麻痺し歩行不能に。学校教育を受けることなく、兄の教育により高等女学校と同等の学力を得る。1957年「猫は知っていた」で江戸川乱歩賞を受賞。
50頁読む。学校教育を受けない中で、いかに学んだか。障害と生活規制、その中での教育、そして自己教育力。一冊の本の中にそのようなテーマが見える。
また。世に出ていない「障害と文学」として「あおい壁」、この中編は全集にも収められていないとのこと。埋もれており、発掘すべき作品かもしれない。

「あおい壁」、『母の友』に1961年の後半から翌年前半にかけて連載
峰男4歳、胸椎カリエスの発症の経緯が、自身の経験・思い出をもとに描かれている。
転び、やがて足の感覚がなくなる。

2009年10月15日 (木)

「わんぱく らくだ君」臨海学校参加の記録、1936年

「わんぱく らくだ君」たけだ まこと、講談社、1984年
武田専は1923年生まれ、昭和11年夏、臨海学校に参加した。千葉県のこぢんまりした海水浴場、寺が宿舎。臨海学校は「生徒たちに泳ぎを教えるのが目的」(p227)とのことである。そこに虚弱児や衛生の言葉はない。

昭和初期の臨海学校の実態を知る貴重な記録である。

2009年10月10日 (土)

文学に見る障害者像 太宰治 桜桃

作中の「痩せこけた子」は太宰の実際のダウン症の長男をモデルにしている。障害に立ち向かうことを避ける親の心情と子どもとの生活の喜びを描いている。社会的支援があったなら、自死に至らなかったのではないか、と論じた。

ノーマライゼーション、第29巻第10号、日本障害者リハビリテーション協会

平成21年10月

http://members.jcom.home.ne.jp/kiri-n/dazai.htm

2009年9月27日 (日)

長瀬又男 自閉症との出会い 1991 ぶどう社、九大小児科遠城寺教授との関係の発見

神田麻希子 神様、私をもっと生きさせて! K 小児がんと闘った青春期4年間の命の詩 2006 こう書房 ユーイング肉腫(仙骨) 本人 1980年生まれ、高校2年左足つけ根の痛み。国立がんセンター中央病院入院、都立墨東養護学校院内学級いるか分教室後頭部転校、卒業、筑波女子大学入学2002亡

谺雄二 知らなかったあなたへ K ハンセン病訴訟までの長い旅 2001 ポプラ社 ハンセン病 本人 1932年生まれ、1939年多磨全生園入所。「勉強を教える学園がった」77頁
林光子 茜色のメモリー K  2004 新風舎 肋膜炎 本人 1927年生まれ、女学校3年で肋膜炎、闘病。

先天性四肢障害児父母の会 わたしの体ぜんぶだいすき K  2003 三省堂 先天性四肢障害 本人 子どもたちの作文、写真、4コマまんが

白井典子 典子44歳、いま、伝えたい K 「典子は、今」あれから25年 2006 光文社 サリドマイド禍 本人 1962年生まれ、1981年映画化。2006年熊本市役所退職、事務所設立

今井広美 友輝へ K お願い、ママにキスして 2008 竹書房 拡張型心筋症 母 1999年生まれ、東京女子医大、渡米、心臓移植

マーサ・ベック あたなを産んでよかった K  2000 扶桑社 ダウン症 母 おなかの赤ちゃんに障害があると分かった時、若い夫婦は

杉森津久美 翼は翼なんだから K  2005 日本テレビ放送網株式会社 ダウン症 母 次男翼、ドラマ「たったひとつのたからもの」出演。入学まで

長瀬又男 自閉症との出会い K  1991 ぶどう社 自閉症 医師 1921年生まれ、1947年九大遠城寺のもとで小児科医、1971年賀川学園設立

2009年9月 7日 (月)

痴呆症が現れた女性と夫との恋の歌?山本潤子、スターライトアゲイン

山本潤子、small circle
14曲、様々な女性の生き方を歌っている。1曲めと最後14曲目が同じ題目「Life goes on」となっており、全部の曲が輪=circleになっている、という意味か。この中で気になるのが2曲目「スターライト・アゲイン」、最後から2曲目「月の光あびましょう」と対になっているのだろうか。
その「スターライト・アゲイン」

歌詞:サーロインステーキもお茶漬けも みんな同じ味
   私は大丈夫?
解釈:味が分からないほど、感覚障害が出てきている。そして、そのような障害を自覚して、自分は大丈夫なのだろうか、と疑問に思っている

歌詞:アクションもラブコメも みんな同じストーリー
   ここは笑うところ?
解釈:映画のストーリーを理解することができないほど、認知障害が進んでいる。笑う場面か、叫ぶ場面かが分からない。

そばにその女性を助ける夫がいる。お茶を入れる夫、今度の日曜日に出かけようと誘ってくれる夫。その夫に「ドキドキして」恋している。今度の日曜、ということは、夫は仕事を持っている年代であろう。その妻は、一般的には痴呆になるには早い若さだろう。ちょっと深読みかもしれないけれど、この曲は、若年性痴呆の妻とそれを支える夫の間の生活と恋の歌ではないか。

2009年8月20日 (木)

大江健三郎、人生の親戚

新潮文庫版、12ページ
当時、僕の長男は三軒茶屋近くの、青鳥養護学校という障害児施設の高等部にいた。

現実にある学校名が登場し、現実味を覚える。養護学校の修学旅行に、広島の原爆資料館に行くか安芸の宮島に行くか、そういった議論が出てくる。養護学校の修学旅行について真剣に語る場面が6ページにわたって描かれている。また、障害児と演奏会に行くと、トイレに出やすい場所に座るという、障害児の親のとても具体的な行動が描かれる。大江自身の体験が元になっていると思われる。この後、どのようなことが出てくるか。

2009年8月12日 (水)

金閣寺 1976 吃音の青年/青年期の危機を乗り越えられない

  溝口は、吃音コンプレックスに悩み、心に暗いかげりを抱く青年である。彼は少年の頃から、この地上で金閣寺ほど美しいものはない、と父に教えられ、金閣寺を美の象徴として憧憬していたが・・・・・
  /宗教大学で柏木というポリオ(右足麻痺)の同級生と出会う。吃音の溝口とポリオの柏木。溝口は吃音により他者とのコミュニケーションに悩む。柏木は自分の障害をきっかけにして、女性との関係を作っていく。溝口の不幸は、母親と親密な関係を築けていないことから出発している。吃音があるなしに関わらず、子として、人として受け入れられている安心感を持って生活できていない。まずは母親が受け入れてほしいし、地域社会も受け入れる必要がある。吃音がある自分を分かってくれる人、安心して語れる人がいたら、金閣を燃やす必要性はなかったと思われる。三島原作、性と肉体、美と人格。

2009年8月 5日 (水)

籠山言恵医師の平壌時代

籠山言恵医師の平壌時代に関する記述がないだろうか・・・?

朝鮮医育史 復刻版〔佐藤剛蔵は京都帝大医学部卒業後平壌公立同仁医院長として渡韓、韓国近代医学史を自伝風に綴る〕 
*原本は昭和31年佐藤先生喜寿祝賀会刊 佐藤剛蔵著/有隣会山口支部長木村正二/昭和55発行/

2009年8月 3日 (月)

障害の兄弟・姉妹 レイチェル・サイモン、妹とバスに乗って、早川書房、2003

M市での会の帰路に
菊池絵里子、翔子、地域の学校に生きる! 重度の重複障害をもつ娘と歩む、社会評論社、2007
河田真智子、お母さんは、ここにいるよ 脳障害児・夏帆と過ごす日々から、毎日新聞社、2006
白井典子、典子44歳 いま、伝えたい 「典子は、今」あれから25年、光文社、2006/サリドマイドにより両腕を失う
今井広美、友輝へ お願い、ママにキスして、竹書房、2008/拡張型心筋症、心臓移植
J・ストーリングス、S・クック、アナザー・シーズン、翔泳社、1997/アラバマ大学フットボールのヘッドコーチの息子ジョニーはダウン症。
レイチェル・サイモン、妹とバスに乗って、早川書房、2003/姉レイチェルは39歳、知的障害の妹ベスは38歳。ベスはバスに乗るのが大好き。レイチェルはベスとバスに乗ったことをコラムに書くと、人生が変わっていく。

«やわらかい手 イギリス 監督: サム・ガルバルスキ

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